物語の主人公たちが手招きをする。 あの場所、あの時間。 ひとふりの香りが連れ立ってくれる。 あなたは、目を閉じる。 鼻先を通り抜ける甘い風。 頬をさす冷たい空気。 眩しい陽射し、柔らかな月あかり。 あなたは気配に、文学を纏う。
君を取り囲む凡ての世界が、まやかしのように消えてしまうその瞬間。 非日常はいつだって、日常の一歩後ろでぽっかりと闇の口を開け待ち構えている。 そこに確かな境界などない。 「不思議」を生むのは、君の脳そのものだ。 それを真にするのもまやかしにするのも、君の選び取る言葉次第だ。 妖怪に姿を与えたのは、他ならぬ君自身なのだ。 それでも君は言葉を必要とするだろう。 惑わされながら、深く信じながら。 そうして、君は言葉を纏う。
生きることは、あわいを漂い続けることだ。 哀しみを笑い、楽しみに傷つき、不幸を慈しむ。 寄る辺なくただ揺蕩いながら、この眼は水面の光を追っている。 眩しさに細めた目は、微笑んでいるように見えるだろう。 幸福だった不幸だったと、人は勝手を言う。 それでもなお、わたしはわたしだ。 この愉快な諦めを、生きていようと思った。
あまりにも小さな存在であるわたし(という現象) かなしみや、忙しない明滅に疲れ、目を瞑る 握りしめた手に、凍りつきそうな血の流れ 揺らぐ水の底に光る石を見つける 削りだした希の焔は強く輝いた 透明な光 そっと手に取り道を照らす灯籠にして、 暗い大地を進む 反転、天に続き、気付けば一面の光 ずっと見守られていた 私たちはみんなひとつだった...
今在る自分は、最善だろうか。 憧憬と劣等感がまとわりついて離れない。 暴風に煽られ、立ちすくむ。灯を探す。 騒々しい人波の隙間を縫って 声が残響する。 「惜しまずに、進め。」 世界を置き去りにしても、 君の隣を行きたいのだ。 持て余していた意志が、 時は来たとばかりに身体に満ちていく。 今からでも遅くない。 地面を蹴った足から、夜が走り出す。...
孤独がおしよせるのは、たとえば 夜のホームに降りたったとき。 あなたからの電話を待っているとき。 シーツの中でうずくまっているとき。 移ろい変わっていくのはさみしくてたまらないのに、 いつか終わるということが、 とりとめもない今を、曖昧に肯定してくれる。 うす暗い浴室で、 わたしだけの孤独が指先にゆらめくのを じっと見つめて、あしたを待っている。
私の想いはあなたに捧げられている それがあなたをも滅ぼすとしても お望みとあらばご覧に入れましょう、脈打つ私の心臓を 万華鏡の中で欲望は極彩色に変幻する 反転し、歪み、撓み、膨らみ、細り、 四散する薄桃色の体温 千変万化する白昼の夢 地獄の蝶が 炎のふちを跳ねるように踊る あなたの微笑だけが 月のようにぽっかり浮かんで...